[児童画の世界] (1998年5月 上住雅恵)

−京都市立芸術大学美術教育研究会発行、『美』  より−

1.まえがき

私の主宰する芦屋児童美術教育研究会(旧「雅こどもアトリエ」)は、設立以来今年で28年目になるが、この間、主に3才から小学校6年までの子供たちを対象に児童画と立体造形の自由な創造の場を作ってきた。年一回の発表の場としての作品展を開催して、子供たちに励みを与えてきた.また年に二、三の児童画コンクールに出品することによって子供たちには自信を持たせ、親には児童画に対する理解を深めるように努めてきた。

 児童画展とは、大人の絵とは全く違った子供の絵のすばらしさを一般の大人の人々に理解してもらうためのデモンストレーションであり、より多くの一般の人々が、既成概念にとらわれない子供たちの絵の本当の良さを理解するための場である。また、その大人の理解が、子供たちの芸術性や独創性を育むものであるとの信念をもって、多年にわたって児童美術教育に携わり、また定期的に児童画展を開催して社会に対しての児童美術教育の啓発を行ってきた。

児童画コンクール出品においては、指導者として考える余地もあるが、結果として賞賛を受けることが、その子供自身のためにも、また、親のためにもプラスになると経験上感じるので、ひとつのコンクールだけでなく、傾向の違った三種のコンクールに出品している。そうすると、不思議とまんべんなく、ほとんどの子が賞を受けるという結果となっている。どこに出品しても、いつも入選してしまう子もたまにはいるのだが、どこに出品しても入選しないという子はいない。子供の絵の良し悪しがわからないという母親が多い中、そういう親にとっての喜びも、子供が絵を続けるための大切な役割となっていることが多い。

2.指導方針

私の経験を一言でいえば、児童美術教育とは『教えない』ということであると考えている。大人の既成概念にとらわれない子供らしい自由な発想を引き出すには、指導者はできるだけ口出しをせず、その子その子の個性を壊さないようにすることが大切であると思う。子供たちを型にはめ、指導者のカラーを子供たちに押しつけることは、良くないことである。児童美術教育は、技術指導をするものではなく、子供たちが絵を好きになるように工夫し、そして絵心が育つように、環境づくりをすることである。

一度描いた絵を「うまく描けなかった」と、真っ黒に塗りつぶしてしまった子がいた。才能のある子供でも、描けないこともある。そんな時は、何も口出しをせず、ほうっておく。強制したり、きちっと仕上げさせようとすると、子供は絵が嫌いになってしまう。一年間をならして、描けていればいいと。

常日頃から、最近の子供たちは指示されないと出来ない傾向が感じられる。「何を描けばよい?」 「どういうふうに描けばよい?」 「こんなふうに描いてもよい?」 「こんな色を使ってもよい?」と、こんな質問を耳にする。マニュアルがないと出来ない子供がふえている。

教室というより、むしろ子供たちが自由に創作を楽しむ場といった方がふさわしい。子供の絵にはいっさい手を入れない。文字通り子供たちの美的感性、個性を尊重する。遊びとして楽しいと感じてほしい。大人の基準で子供の才能を推し量ってはならない。既成の枠を外してこそ、多くの才能の開花もあった。

30年近く子供たちを見てきて、最近の子供たちは絵のテーマになる生活体験、遊び体験が希薄になっている。そのため子供たちにとっては写生の方が安易に描けるようになっており、体験したことを想像しながら描ける子供たちが少なくなってきているように感じられる。それがこれからの児童美術教育に携わる者にとっての問題点ではないかと思う。また児童美術教育に対する親の理解が得られにくいことも問題点だと思う。

3.体験の希薄化から震災児童画展へ

ひとむかし前にはテレビのせいで受身人間になり、想像力が貧困になってきたと思っていたが、最近は家でテレビゲームの遊びしかしていない子が増え、友だちと外で遊ぶこともほとんどなく、春休みや夏休みといってもどこへも行かず実体験が無に等しいような子供もいる。

問題点がますます深刻になっているその中で頭を悩ましていたが、3年前、当アトリエも、アトリエに通う子供たちも、あの阪神大震災という大きな体験をした。その直後は、長年続けた私の仕事ももう終わりかとやり切れない気持ちになったが、しばらくして気を取り戻し、アトリエを再開して遠くへ避難した子供たちが戻ってくるのを待つことにした。

私は、体験が希薄になり、体験を表現できなくなってきたという子供たちに、「1000年に1度しか経験できないこの大震災を描いてみよう」と導入したら、結構みんな同意して描いてくれたので、なかなかいい絵が出来た。毎年開催していたアトリエ展も震災で出来なくなってしまったので、いつもと違って震災児童画展をしようと考えるに至った。

会場は近くでと考えていたが、地元には仮設住宅が建ち並び、震災の絵画展など出来る雰囲気ではなかった。さてどこでやろうかと考えているうちに、エネルギッシュなニューヨークでやりたいと飛躍してしまった。世界の中心・ニューヨークでアピールすると同時に、被災地が今後も真正面から災難に立ち向かっていくエネルギーの源をもらって帰りたい、そう思ったのである。実際には大変で、ニューヨークの厳しさを痛感し、絶望のどん底にまで落ち込んだこともあったが、現地の日本総領事館などの協力で、その年の9月から12月までニューヨーク、シカゴ、ミネアポリスと巡回展を実現することになった。来場者は皆熱心に見てくれて、国際交流の一助にもなったと確信した。

ポストカード制作は、その時に勧められたのがきっかけ。震災を風化させないため、という気持ちはもちろん、アメリカでの震災児童画展を記念として残したい思いで自費制作した。それ以後、国内外で多くの人の協力が得られ、展覧会開催やチャリティポストカードの普及活動が現在も続いていて、インターネットのホームページも開いている。これまでに芦屋市震災遺児就学激励金に約30万円の寄付も出来た。

4.アメリカでの反応――一般の大人

アメリカでの児童画展の反応は、手ごたえのあるある強いものを感じることが出来た。震災の絵でもあり、関心を持って熱心に見てくれた。そして、写真や映像で見るより子供たちが描いた絵の方がずっと心に訴えるし、また地震の体験をより理解しやすいといってくれた。画集やポストカードを作ることを熱心にすすめられたり、児童画であるにもかかわらず好きな絵を買いたいとまでいってくれる人には驚いた。

作品は当アトリエに通っている数少ない子供たちの描いた絵をそのまま持って行っただけなのに、震災画を応募してその中から選抜された作品展なのか、どうしてこんなにいい絵が集まっているのか、子供たちがこの絵を描くためにどういうふうに指導したのかと、多くの一般の人々が児童画のすばらしさを賞賛してくれた。 日本では味わえないこの反応は、アメリカの文化的な土壌から来るのだろうか。子供の絵であれ、直感的に良いものは良いと感じ取れることが、アートを育てること(美術教育)につながっているのだと思う。

ニューヨークに住んでいる日本人の子供が、今まで絵の具で絵を描いたことがなかったが、この震災児童画展を見て刺激を受け、絵を描きたくなったと言ってくれて、絵の具を買って帰った例もある。

アメリカの小学校では、日本のように絵の具を使って絵を描いたりする図工の授業はないそうだ。絵は描くことはあっても、ただ色鉛筆で簡単な絵を描くようなことしかしていないとのことだ。子供たちが絵を描くのは、学校教育の場ではなく、専門的な別の場でやっているらしい。

5.親の理解について

地域にもよると思うが、20年前、10年前と比べて、ますます学習塾通いの低年齢化のため、小学校の低学年から塾のためやめて行く子がいる。また、親の理解も深く、極度に絵が好きな子供であっても、中学に入ると忙しくて続けることができなくなる。

また、小さい子供には塾や英語などをやらせるよりも絵を習わせることがとても良いことだと考える理解ある親であっても、子供が学校の算数の授業について行けないとなると、やはり放っておくわけにはいかなくて、塾に連れて行くことになるのは、親としてやむをえないことだと思う。

児童美術教育に対する親の理解については、指導者の立場から、できるだけ理解を促す努力をしていても、どうしようもない部分だと実感することが多い。

世の中が不景気になってくれば、ますます塾が優先され、どうでもいい部分が切り捨てられる、全体から見れば数少ない絵の好きな子供たちは切りすてられているのが現状である。

母親が賢明で心のゆとりがあり、子供自身ある程度以上の学力をそなえているということが創造的活動を可能にしてくれる条件となってきているのを実感している。実際、情操教育を切り捨て、低年齢から学習塾に通わされた子供のほうが、後々、学力的にも大して伸びていないことは目にしているので。学習をやる上でも、心のゆとりとしての創造的活動が必要であると信じている。

6.学校美術教育について

最近、当アトリエに通ってくる子供たちからよく耳にするのは、どういうわけか学校の美術がおもしろくないということである。また、学校の図工の時間は嫌いだとまで言い切る子もいる。絵を描いているときに、細々と塗る色まで指示される場合があるらしい。特に、中学校に入ると美術の先生が嫌いだという子が多く、絵の大好きだった才能ある子供が、美術そのものまで嫌いになってしまった例が多い。私から見れば、小さい時期から頼もしい作品を描いてきたその子が、絵を描く時間はなくなったとしても、大人になるまで絵心は持ち続けてほしかったととても残念に思う。大学への進路を決める時期にも、美術が好きだという心が残っていれば、幼い時期から勉強しかさせられなかった子供よりずっと幸せな将来を選択できることにもつながる。

個性を尊重することが難しい日本の、評価を義務づけられている学校教育の中では、自由な創造の場を提供することは難しいことだと思う。めまぐるしく移り変る現代社会の中で、身につけなければ困ることが多くなった以上、美術教育が削減されてくるのも仕方がないことかも知れない。

不十分な環境の中での難しい美術教育を続けるよりも、いっそ、学校教育の中から取り除き、アメリカのように創造活動を求める者が、専門的な別の場で学ぶというシステムのほうが、指導者にとっても、子供にとっても、いいのではないかと考えさせられる。

7.『児童画の世界』に携わってきて

現代のように機械的にスピード化された社会になってくると、親はあえて小さな子供に生活の中でいろいろな遊びの体験をさせてやることが必要である。幼少期から、生活の中心が勉強のほうに向けさせられている子供たちは、親に創造力の芽を摘まれていることになる。

 体験の乏しさは、裏返せば、子供たちのゆとりのなさでもある。「勉強に関係ないものは切り捨てる風潮があるけれど、受験に関係ないことを一つぐらいやる心のゆとりを持ってほしい。好きなことがあるということは生きて行く上で大切なことである。

 小さな絵心をはぐくんで、今年で28年。それだけに、私にとって教室はかけがえがない。生徒たちの作品に評価が与えられれば、私は単なる満足感を超え、「自己実現」を実感する。

無限の可能性を秘めた幼い子供たち。その才能の萌芽を促すこともまた、ひとつの「創造」であると実感し、携わっている「児童画の世界」である。