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随想の広場

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職人魂

13.06.26
SAVS会員 エルムマネジメントオフィス代表 佐藤 徹
私が住むマンションも20年以上も経ったのでリフォームすることにした。
キッチン、バス、トイレなど水回り設備の総入れ替えを中心に洋間はすべてフローリングにして、ドアや引き戸、畳、ふすま、障子のすべてを新品にする。
どうもよく見ると、水回りは自然劣化によるが、ドアや引き戸、ふすまはそれだけではない。
もうあれから18年も経ったのに記憶に新しい阪神淡路大震災の影響で柱や梁が歪んだため、ドアやふすまは滑らかに開け閉めできないし閉めても幾分の隙間が覗いている。
隙間は、柱や梁の歪みを直さないとなくならない。
そのためには土台にまで手を付けなければならないが、10階建てマンションだから不可能だ。
まあ、この程度の隙間はしょうがないかと思っていた。
ところがである。仕上りをみると、廊下に面したリビングや洋間、洗面所、トイレのドアも、キッチンと洗面所との仕切りの引き戸、和室のふすまも硝子戸の前の障子に到っても、隙間は殆ど消えていた。
建具屋さんは、どんな手を使ったのだろう?

 そういえば、リフォームにかかるひと月ほど前に下見に来た時、建具屋さんはドアや引き戸の建てつけの寸法を、一つ一つ丁寧に測っていた。
その時は、5か所あるドアのサイズはどれも同じだから一か所だけ測れば良いのにと思って眺めていた。
ところが、リフォーム当日に持ち込まれたドアは、見た目には定かでないが5枚ともすべて採寸が微かに違っていたらしい。
柱や梁の歪みに合わせて、カンナのかけ具合で精妙な調整をしていたのだ。
「ピタッと締まって気持ち良いですね。」と感謝の気持ちを表すと、建具屋さんは事もなげに答えた。
「私たちは隙間をなくすのが仕事ですからね。ミリが勝負なんです。」
ミリどころではない。吸い付くように締まるドアの手触りからは10分の1ミリあるいはそれ以上の調整をしたように感じる。
ここに到るまでに建具屋さんは、はめこんでは外し、外してははめ込んで、何度も何度も念入りにカンナがけをした。
それは、顧客である私を満足させるためというよりは、そうしなければ自分の気持ちが許さないからのように私の目には映った。
これこそが職人魂というものなのだろう。
日本のものづくりを支えてきた多くの中小企業は、職人魂に溢れる人たちの集まりだ。
だから日本のものづくりは強い。
ものづくりの衰退を懸念する声が聞かれて久しいが、私はこんな人たちが存在する限り、日本のものづくりの未来に失望しない。
そこには技だけではなく、脈々と受け継がれてきた職人魂があるからだ。

 折しも6月23日、「第11回世界生物学的精神医学会国際会議」開会式のために京都を訪れた天皇、皇后両陛下が24日午後その足で大阪入りし、鶴見区にある中小企業の金型メーカー「新日本テック」を視察された。
電子部品や医療機器用の超精密金型部品を製造する同社で両陛下が、職人が機械を使って時計部品用の金型を1000分の1ミリ単位で削る作業の時に発する研削音を、ヘッドホンを耳にあててお聞きになられている写真が報道された。
きっとその音には、もの作りに飽くことを知らない職人魂が込められていたに違いない。


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